お盆がやってきました。この時期、長崎の子どもたちがワクワクして待っているものといえば…そう、「花火代」と称するおこづかい。最近は「お盆玉」というようになったみたいですね。お盆玉の起源は、山形県。江戸時代、商家の主人が、奉公人がお盆やお正月に実家へ戻るときに、着物や下駄などを持たせて送り出したのが始まりなのだとか。それが昭和初期に現金になり、今の「お盆玉」になっていったそうです。そして、その風習もいつしかキャッシュレス・・・・。
私も、子ども時代は、お年玉と同じくらい、親戚縁者からたくさんのお盆玉(花火代)をいただきました。まさに夏のボーナスです。
さて、なぜ長崎では「花火代」をそんなに大盤振る舞いするのか。
ご存じの方もいると思いますが、長崎のお盆はとても賑やかです。けたたましいといってもよいくらいのドンパチ祭りです。お墓参りには、矢火矢(やびや・ロケット花火)と爆竹をこれでもか!というほど持ってでかけます。
これは中国の影響で、景気のいい爆竹の音で邪気を払い、ご先祖を迷わず迎え、送り出すための道しるべにするのだそう。亡き霊にしてみれば、孫やひ孫がバンバン花火で迎えてくれることは、代々の家の繁栄があるからこそなので、そりゃあうれしいに決まっている。
だから、大人たちは、「それやれ、もっとやれ」と子どもたちをけしかけます。その軍資金ですから、ケチるわけにはいきません。
もちろん、花火を買ってもまだ余るおこづかいをもらっているので、子どもたちは、たんまり。。。うふふ、お金持ち。
でもね、日本全国で子どもの数はどんどん減っていて、過疎化が進む長崎も、グレイヘアの高齢者は増えても、子どもの姿はめっきり少なくなってきました。それと比例して、お盆の花火の音も、年々静かになっているように思います。さすがに大人になると、矢火矢や爆竹は精神的にも肉体的にもヘビィすぎて無理だからさぁ。
うちの家族も、妹たちがお嫁に行ったりして、お盆に帰省するのは私くらいのもの。お墓にも、現在の母と二人、静かに線香を手向けます。
どうぞ、迷子にならずに帰ってきてね、おばあちゃん、おばちゃん、そしておかあさん、おとうさん。待っていますよ~。


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